名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)527号 判決 2000年1月19日
原告
金森森商事株式会社
右代表者代表取締役
森滋
原告
有限会社大北牧場
右代表者代表取締役
斎藤香織
原告
藤本照男
同
有限会社西山牧場
右代表者代表取締役
西山正行
原告
カネツ競走馬株式会社
右代表者代表取締役
清水清
原告
株式会社新元観光
右代表者代表取締役
杉山元一
原告
毛利喜昭
同
株式会社クレアール
右代表者代表取締役
西川礦
原告
株式会社イシジマ
右代表者代表取締役
石嶋清仁
原告
栗林英雄
外四名
原告
有限会社ビワ
右代表者代表取締役
中島勇
原告
品川昇
外六名
右二二名訴訟代理人弁護士
塩見渉
被告
テクモ株式会社
右代表者代表取締役
柿原彬人
右訴訟代理人弁護士
五月女五郎
同
飛田博
主文
一 被告は、
1 原告金森森商事株式会社に対し金六〇万〇八四二円、
2 原告有限会社大北牧場に対し金一七万五四〇三円、
3 原告藤本照男に対し金一七万五四〇三円、
4 原告カネツ競走馬株式会社に対し金四万一四一二円、
5 原告株式会社新元観光に対し金一〇万一七一三円、
6 原告毛利喜昭に対し金四万一四一二円、
7 原告株式会社クレアールに対し金一〇万一七一三円、
8 原告株式会社イシジマに対し金四万一四一二円、
9 原告栗林英雄に対し金一七万五四〇三円、
10 原告安田修に対し金五〇万円、
11 原告佐橋五十雄に対し金一〇万一七一三円、
12 原告磯野俊雄に対し金一〇万一七一三円、
13 原告豊嶌泰三に対し金一〇万一七一三円、
14 原告有限会社ビワに対し金二一万六八一五円、
15 原告品川昇に対し金一一万五一〇二円、
16 原告太田美実に対し金二九万〇五〇五円、
17 原告藤本龍也に対し金一五万一二一一円、
18 原告山本信行に対し金四万一四一二円、
19 原告雑古隆夫に対し金四万一四一二円、
20 原告内村正則に対し金二九万四三三六円
及びこれらに対する平成一〇年一一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第一項記載の原告らのその余の請求並びに原告有限会社西山牧場及び原告加藤哲郎の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らに生じた費用はそれぞれ原告らの負担とし、被告に生じた費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙目録記載の各ゲームソフト(以下「本件各ゲームソフト」という。)を製作し、販売し、貸し渡し、又は販売若しくは貸渡しのため展示してはならない。
二 被告は、
1 原告佐橋五十雄、同有限会社ビワ、同太田美実に対し、各金一五〇万円
2 原告金森森商事株式会社、同有限会社大北牧場、同藤本照男、同有限会社西山牧場、同株式会社新元観光、同株式会社クレアール、同栗林英雄、同磯野俊雄、同豊嶌泰三、同内村正則に対し、各金一〇〇万円
3 原告カネツ競走馬株式会社、同毛利喜昭、同株式会社イシジマ、同安田修、同品川昇、同藤本龍也、同山本信行、同加藤哲郎、同雑古隆夫に対し、各金五〇万円
及び各々これらに対する平成九年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告らが所有する競走馬の馬名等を使用した本件各ゲームソフトを製作、販売する被告に対し、いわゆる「パブリシティ権」の侵害であると主張して、右各ゲームソフトの製作、販売等の差止めを求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償請求をする事案である。
二 当事者間に争いのない事実等
1 被告による本件各ゲームソフトの製作販売
被告は、ゲームソフトの製造販売を業とする株式会社であるが、本件各ゲームソフトを製作し、別紙一覧表の「発売開始日」欄記載の日に、同表「販売単価」欄記載の金額で販売を開始した。
本件各ゲームソフトの平成一〇年一一月二六日までの販売数量は、同表の「販売総数」欄記載のとおりである。
2 本件各ゲームソフトにおける馬名等の使用
被告は、原告らの承諾なく、本件各ゲームソフトにおいて、別紙一覧表の「馬名」欄記載の各競走馬(以下「本件各競走馬」という。)の馬名を使用した。本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名の使用状況は、同表の「使用状況」欄記載のとおりである(使用している場合に○で表示する。)。
本件各ゲームソフトにおいて使用されている本件各競走馬を含めた馬の頭数は、同表の「使用馬数」欄各記載のとおりである。
3 本件各ゲームソフトの内容等
本件各ゲームソフトは、プレイヤーがジョッキーになり、自分の選択する競走馬に騎乗し、実際の競馬場を再現した画面においてレースを展開するものである。ギャロップレーサーⅡは、二人が対戦して遊ぶことができる機能を付加している。
別紙一覧表記載の「家庭用」とは、家庭用テレビゲーム機で遊ぶためのゲームソフトであり、同表記載の「業務用」とは、ゲームセンターなどに設置して、不特定多数が遊ぶことを予定するゲーム機用のゲームソフトであり、同表記載の「ベスト版」とは、「家庭用」に発売されたゲームソフトを一定期間後に低価格で販売するものであり、その内容は、「家庭用」と同一である(弁論の全趣旨)。
第三 争点及び争点に対する当事者の主張
一 競走馬の馬名等について、いわゆる「パブリシティ権」が認められるか。権利の性質、内容と成立要件及び存続期間について
(原告らの主張)
1 パブリシティ権は人に限らず、有名な物についても概念でき、本件各競走馬の馬名はそれに該当する。
2 別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らは、それぞれ、同表の「馬名」欄記載の各競走馬を、同表の「取得日」欄記載の日から、同表の「死亡日」欄に記載のある馬については、死亡日まで、同表の「譲渡日」欄に記載のある馬については、譲渡日まで、その余の馬については現在まで所有している。なお、本件各競走馬のうち、同表の「引退日」欄に記載のある馬は、右記載の日に競走馬を引退している。
3 本件各競走馬の所有者である原告らは、本件各競走馬に関する一切の権限を専有するが、その権限には、いわゆる「パブリシティ権」、すなわち、「当該所有する競走馬に関し、その①馬名、②性別、③産種、④毛色、⑤脚質、⑥ハンディキャップ(芝・ダート)、⑦距離適性(ベスト・最短・最長)、⑧スピード・スタミナレベル(芝・ダート)、⑨重馬場に対する適性、⑩気性、⑪加速力、⑫根性、⑬成長タイプの当該競走馬を表象させる諸要素から生ずる顧客吸引力を利用して、商品を製作し、あるいは対価を得てその商品化を許諾するなど、経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利」も含まれる。
原告らは、右パブリシティ権に基づき本件各ゲームソフトの製作、販売の差止めを求める権利を有する。
4 本件各競走馬が他に譲渡された場合、原則として当該競走馬に関するパブリシティ権も新しい所有者に移転するが、事情によっては、なお旧所有者に残る場合もある。したがって、所有する馬を他に譲渡した原告らは、少なくとも、譲渡までの間における当該競走馬に関するパブリシティ権を有するので、本訴においてはその侵害を主張するものである。
本件各競走馬に関するパブリシティ権は、当該競走馬が死亡したとしても当然に消滅するものでなく、なお当該競走馬の顧客吸引力、購買行動上の訴求力が継続する限り、その所有者に帰属していると解すべきである。したがって、ホクトベガ(別紙一覧表の番号1。以下同様の場合、単に「番号X」という。)、ホクトビーナス(番号2)、ライスシャワー(番号13)、ワンダーパヒューム(番号35)が死亡して、右各競走馬の所有者である原告らがその所有権を失ったとしても、パブリシティ権を有する。
(被告の主張)
1 パブリシティ権は、「著名人がその氏名、肖像から生じる顧客吸引力の持つ経済的利益、ないし価値を排他的に支配する財産的権利」であり、人でない馬の名前について、パブリシティ権が発生することはない。
パブリシティ権は、著名人の氏名や肖像が有する財産的価値を人格的利益と切り離して、別個に保護しようとのねらいから考え出されたものであるし、権利対象について様々な考え方があるなど、その内容は非常に曖昧であり、本件で問題とされる馬のようなものを対象とすることは、現時点で、一般的に認知されているとは言いがたい。
馬の所有者が馬名に対し法的権利を確保しようというのであれば、商標法や不正競争防止法によって対応すべきである。
2 原告藤本照男が、トロットサンダー(番号6)を所有した事実は否認する。同原告は、名義貸しで馬主登録をしたにすぎず、所有者ではない。その余の原告らが別紙一覧表記載の各競走馬を所有することは、知らない。
3 被告が、本件各ゲームソフトで使用したのは、馬名と性別のみであり、⑤脚質、⑥ハンディキャップ、⑦距離適性、⑧スピード・スタミナレベル、⑨重馬場に対する適性、⑩気性、⑪加速力、⑫根性、⑬成長タイプは、被告が本件各ゲームソフトを製作するときに独自に設定した数値であって、同じ馬名の実在の各競走馬のデータとの同一性はなく、本件各競走馬を表象させるものではない。
4 馬名に関する権利について、なんら登録制度もない以上、それを所有権と別個に存在するものとすると、第三者が権利の帰属主体を覚知することが困難となるから、仮に、馬名に何らかの権利が認められるとしても、それは、飽くまでも、所有権に付随する範囲で認められ、競走馬が死亡した場合や譲渡等により、所有権が消滅した時には、その権利も同時に消滅すると考えるべきである。
ホクトビーナス(番号2)、ライスシャワー(番号13)及びワンダーパヒューム(番号35)は、「ギャロップレーサー」の発売前に死亡し、ホクトベガ(番号1)は、「ギャロップレーサーⅡ」の発売前に死亡し、右各競走馬所有の原告らは所有権を失ったものであるから、パブリシティ権を有しない。
二 本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名等の使用がパブリシティ権を侵害するか。
(原告らの主張)
以下の事情からして、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名等の使用はパブリシティ権を侵害する。
1 本件各ゲームソフトの内容
本件各ゲームソフトは、プレイヤーがジョッキーになり、自分の選択する競走馬に騎乗し、実際の競馬場を再現した画面においてレースを展開するものである。
2 本件各ゲームソフトにおける馬名とデータの役割
本件各ゲームソフトのセールスポイントは、プレイヤーに実在の競走馬に騎乗してゲームに参加する雰囲気を与えるため、当該登録競走馬に、実在の競走馬の馬名を冠し、現実のデータを組み込み、実在の競走馬を表象させることにより、プレイヤーは、あたかも実在の競馬場で、実在のレースにおいて、実在の競走馬に乗り、他の実在の競走馬と勝負を競い、ジョッキーとしての気分を満喫するようなリアリティを持たせ、そのことにより商品価値が高められ、商品の宣伝・販売促進に効果をもたらし、その結果、顧客吸引力を有するに至っている。
3 本件各ゲームソフトの販売方法
本件各ゲームソフトのパッケージにおいても、現実の馬名がうたわれ、あるいは、実在の競走馬の馬名・データを使用することを明らかにしている。
4 被告による別件契約の締結
被告は、本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、製品上代の三パーセントのロイヤリティを、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、使用馬名に応じた金員を支払う合意(以下「別件契約」という。)をしており、別件契約には、「甲(馬主を指す)は乙(被告を指す)に対して、甲が権利を有する競走馬の名前を、乙が制作するコンピュータープログラムに組み込み、それを製造・販売・頒布することを許諾する」という条項があり、被告自身も馬名に馬主の権利を認め、その使用許諾を受け、対価を支払う旨契約している。
5 被告の主張に対する反論
被告は、本件各ゲームソフトについて、総登場馬数に比べて本件各競走馬はほんの一部に過ぎないから、ダイリューション、ポリューションを引き起こす使用方法ではないと主張する。しかし、業務用「ギャロップレーサー」についていえば、本件各競走馬は二一一頭中二五頭を占め、ほんの一部とはいえないし、又、一部であっても、本件各競走馬が登録されることにより、ゲームのプレイヤーにとって実在感が与えられ、その余の登録競走馬とともに、本件各ゲームソフトに商品価値を付加している。
被告は、本件各競走馬のうち、GIレースの勝ち星がない競走馬については顧客吸引力を有しないと主張する。しかし、GIレースでの勝ち星がないとしても、その他のレースでの戦績等が新聞・雑誌等マスコミで取り上げられ、競馬界あるいは一般社会においてその存在が知られることにより、購買行動上の訴求力、即ちパブリシティ権を獲得するに至るもので、それが、その余の競走馬のそれとあいまって、本件各ゲームソフトに商品価値を付加している。
(被告の主張)
以下の事情からして、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名・性別の使用がパブリシティ権を侵害することはない。
1 本件各ゲームソフトの内容
本件各ゲームソフトは、ギャンブルとしての競馬ではなく、プレイヤーが、競馬の騎手(ジョッキー)となって、画面上の馬を操作し、レースに参加する疑似体験を楽しむゲームであり、最大の魅力は馬を操作するアクション性である。
2 本件各ゲームソフトにおける馬名とデータの役割
本件各ゲームソフトは、単純に、一頭や二頭の実在の馬名で構成されているわけではなく、一〇〇〇頭を超える馬名で構成されている。その中の馬が、有名であったとしても、それは一般的なものではなく、競馬に興味のある人に限定されたものである。ゲームの中に登場する馬の形は、皆同一であり、現実に生きている馬が、そのままの形で画面に出てくるわけではない。しかもゲームをプレイしなければ馬名そのものも現れないので、顧客は、これらの馬名をいちいち確認して、本件各ゲームソフトを購入するわけではなく、ゲームソフトの内容そのもののおもしろさに着目して、本件各ゲームソフトを購入しているのが現実の姿である。
著名人の氏名や肖像を無断使用して商品の宣伝をしたり、商品を販売したりするのが権利侵害として問題となるのは、まさに、氏名や肖像そのものが前面に出て、商品の宣伝や販売にストレートに経済的効果を発揮するからであるが、本件各ゲームソフト中の馬名は、右のような機能を果たすことはない。
したがって、実在する馬名そのものに引かれて本件各ゲームソフトを購入するわけではないから、本件各ゲームソフトにおいて、馬名には顧客吸引力はない。被告が、実在の馬名を本件各ゲームソフトに使用したのは、架空の馬の名前と比較すれば、多少現実味がある程度のものであり、ゲームそのものに、リアリティを持たせるためである。
本件各ゲームソフトは、実在の馬名と性別を除いて、他の部分は被告が創作したものであり、馬名は、本件各ゲームソフトにそのような馬名の馬がいると思わせる役割を果たすだけで、本件各ゲームソフトの内容から見れば、取るに足らない役割を果たしているにすぎない。
馬名は、他の馬と区別することを主目的として付けられているのであるから、馬名のみを使用する場合には所有者は受忍すべきである。そうでなければ、雑誌等において実在の馬名を使用する度に馬主の許可を得なければならなくなり不自然な結果となる。
3 本件各ゲームソフトの販売方法
本件各ゲームソフトは、包装されて中を見ることができない形のままで、店頭で販売されている。顧客は、テレビの宣伝や、店頭に置かれている甲三(パンフレット)を見て、本件各ゲームソフトを購入するか否かを決定することになるが、甲三には「トウカイテイオー」と「ナリタブライアン」の二頭が登場するだけである。顧客が、実在の馬名を具体的に知るためには、右各ソフトを購入後、現実に右各ソフトを動かして、プレイしながら、馬名を確認する方法しかない。ガイドブックを購入して、馬名を知ることも可能であるが、ガイドブックは、被告とは独立別個の出版社が販売するもので、本件各ゲームソフトを購入した人が、プレイをより楽しくするためや、ゲームを制覇する目的で購入するのがほとんどであリ、ゲームソフトを購入する前に、手に入れる人はほとんどいないことからして、馬名に顧客吸引力はない。
4 被告の契約締結
別件契約の締結及び別件契約において馬主の権利と記載していることは認めるが、被告としては、馬主の申入れの内容が、常識的な範囲の金額であったことから、紛争を避ける意図のもとに契約したにすぎないし、被告から他の馬主への問い合わせに対し、馬主が「他人の馬の名前を使うのだから、許可を得て使用すべきである」との返答をしたことから、単純に馬主の権利としたにすぎず、被告において、特にこの権利がどのような内容を持つかの認識はなかった。
5 その他
仮に馬名に顧客吸引力が認められるとしても、本件各競走馬のうち、GIレースの勝ち星が一つもない馬(例えば、カネツクロス(番号8)、セキテイリュウオー(番号9)、ヤシマソブリン(番号10)、エルカーサリバー(番号11)、ダイゴウソウル(番号21)、ナイスネイチャ(番号26)、ロイヤルタッチ(番号32)、フジヤマケンザン(番号33)、ライブリマウント(番号36))については、馬名は顧客吸引力を有しない。
本件各ゲームソフトにおける馬名の使用は、純粋に競走馬と設定しての使用であること、総登場馬数に占める本件各競走馬はほんの一部にすぎないことから、いわゆるダイリューション、ポリューションを引き起こすことはない。
三 損害額
(原告らの主張)
原告らは、被告が本件各ゲームソフトを製作、販売するについて、自己の競走馬の馬名等を利用した対価として、「ギャロップレーサー」及び「ギャロップレーサーⅡ」それぞれ、家庭用・業務用・ベスト版の各ソフト毎に競走馬一頭当たり少なくとも金五〇万円の利益を取得し得るところ、被告の前記不法行為により、それに相当する損害を被った。
したがって、原告ら各自の損害額は、家庭用・業務用・ベスト版の各ソフト毎に競走馬一頭当たり金五〇万円の割合により計算した、別紙一覧表の「原告主張損害額」欄記載の金額となる。
(被告の主張)
争う。
四 差止請求は、権利濫用で許されないものか。
(被告の主張)
本件各競走馬の馬名は、被告の製作による本件各ゲームソフトのごく一部の構成要素にしか過ぎないため、この権利を根拠として、被告に対し、本件各ゲームソフトの製作、販売、貸し渡し、又は販売若しくは貸渡しのための展示の禁止を求めることは、権利の濫用であり、許されない。
(原告らの主張)
争う。
第四 当裁判所の判断
一 競走馬の馬名等について、いわゆる「パブリシティ権」が認められるか。権利の性質、内容と成立要件及び存続期間について
1 固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像を商品の宣伝、広告に利用し、あるいは商品そのものに付することにより、当該商品の販売促進に効果をもたらすことがあることは一般によく知られている。
これは、著名人に対して大衆が抱く関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらす結果であると理解できる。その結果、著名人の氏名、肖像等は、当該著名人を象徴する個人識別情報としてそれ自体が顧客吸引力を持つようになり、一個の独立した経済的利益ないし価値を具備することになる。そして、このような著名人の氏名、肖像等が持つこのような経済的な利益ないし価値は著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、著名人がこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利と考え、他人の不当な使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきである。このように著名人がその氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を排他的に支配する権利がいわゆる「パブリシティ権」と称されるものである(東京高裁平成三年九月二六日判決・判例時報一四〇〇号二ページ、同平成一一年二月二四日判決平成一〇年ネ第六七三号参照)。
そして、パブリシティ権は、排他的にパブリシティの価値を支配する権利であるから、無断で氏名、肖像その他顧客吸引力のある個人識別情報を利用するなどパブリシティの価値を侵害する行為がなされた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるのみならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄等を求めることができるとされている。
2 パブリシティ権が認められるに至ったのは、著名人に対して大衆が抱く関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売を促進する効果をもたらす結果、氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報そのものが経済的利益ないし価値を有するものと観念されるに至ったものである。
そうであるとするならば、大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらすような場合においては、当該物の名称等そのものが顧客吸引力を有し、経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を有するものと観念されるに至ることもあると思われる。
すなわち、パブリシティ権は、アメリカの判例法上承認され、認められてきたものであり、わが国の判例においても、芸能人について、パブリシティの権利が認められたが、プロ野球の選手、サッカーのJリーグの選手をはじめとして、著名なプロスポーツ選手についても、その氏名、肖像に同様の顧客吸引力があり、パブリシティの権利を有するものと認められていることは、公知の事実である。甲五及び甲六によれば、プロ野球の球団名や選手名等、Jリーグのクラブ名、選手名等を、ゲームソフトで使用するについて、社団法人日本野球機構及び社団法人日本プロサッカーリーグが、それぞれゲームソフト製作販売会社との間において、一定額の使用許諾料を支払う旨の契約が締結されているが、これはプロ野球の選手やJリーグのサッカー選手がパブリシティ権を有することの現れである。
ところで、競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされていることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を商業的に利用しようとした場合には、著名人と同様な顧客吸引力を発揮するものと思われる。
このように、「著名人」でない「物」の名称等についても、パブリシティの価値が認められる場合があり、およそ「物」についてパブリシティ権を認める余地がないということはできない。また、著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権といった人格権とは別個独立の経済的価値と解されているから、必ずしも、パブリシティの価値を有するものを人格権を有する「著名人」に限定する理由はないものといわなければならない。
このような物の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、その物の所有者(後述のとおり、物が消滅したときは所有していた者が権利者になる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきである。
このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないものであるが、これに準じて、広義の「パブリシティ権」として、保護の対象とすることができるものと解される(以下「パブリシティ権」とは、断らない限り、広義のそれを意味するものとする。)。
3 このような見解については、その物の名称等を利用することにより、その物の価値が希薄化する(ダイリューション)することはないから、その物の価値を害するような利用方法(ポリューション)でない限り、何人も顧客吸引力を有する物を自由に利用し得るものであり(フリーライドは違法でない。)、その物の所有者が排他的にパブリシティの価値を支配する権利はないとの見解があり、被告の主張中には、これと同様の趣旨の主張がある。
しかしながら、「物」一般について、物の有する顧客吸引力について所有者以外の者が利用するのは自由であるという根拠はなく、その物の内容、顧客吸引力の程度とこれを備えるに至った事情によっては、所有者以外による顧客吸引力の利用は制約されるべきであるとの商業的通念が形成される場合もあるのであり、顧客吸引力が主としてその運動能力により形成され、広い範囲の大衆の人気を得ているなど、他のプロスポーツ選手の場合と現象的には異ならない本件のような競走馬については、顧客吸引力の商業的利用の制限についての通念が形成されている可能性が大であり、どのような利用も違法にはならないと断言することはできない。
次に、被告は、現行法上「物のパブリシティ権」を権利として認める規定は存しないし、標章であれば商標法により、商号であれば商法により、著作権(著作隣接権を含む。)であれば著作権法により、あるいは不正競争防止法により、法的に保護が図られるのであるから、それ以外の権利を創設すべきではないと主張する。
なるほど、現行法上、商標法、商法等により氏名、肖像等の経済的価値を把握し、これを利用することを積極的に保護しているが、商標法による保護は、それが指定商品又は指定役務について商標登録された場合にのみその範囲において認められるものであり、商法による保護は商人が営業活動をするについて用いる商号に限られるし、不正競争防止法による保護を受けるためには、それが同法にいう需要者の間に広く認識された商品等表示に該当し、かつこれと同一又は類似の商品等表示を使用する等して商品又は類似の商品等表示を使用する等の行為がされる場合に限られる。また、物の名称等は、思想、感情の表現でなく、著作物性が認められないから、著作権法(著作隣接権を含む。)の保護を受けない。このように、商標法、商法、不正競争防止法、著作権法など現行の知的財産権法による権利だけでは、前記経済的価値の保護に十分ではない。
たしかに、「物のパブリシティ権」は新たな権利であり、公示手段の不明確性とあいまって種々の問題があり、その権利の主体や客体、成立要件や権利期間、譲渡方法、公示方法、侵害手段等が明確にされる必要がある。
しかし、社会状況の変化により、新たな権利が認められてきたことは、歴史的事実であって、その価値ないし利益が社会的に容認されるものであり、かつ、その社会において成熟したものであれば、これを保護する必要があり、また社会的正義にもかなうものと解される。
4 そこで、物の名称、肖像等が顧客吸引力を有する場合の、成立要件、効果としての権利期間、救済手段、譲渡の効果等はどのようなものと解すべきかを確定することが必要となる。前記のとおり、物についてのパブリシティ権が認められる根拠は著名人のそれと同様であるから、基本的に同様に解することが可能であるが、物であることにより生ずる差異もあるので、どのような点で異なるか、その前提として、いわゆる物についてのパブリシティ権の性質について検討する。
著名人に関するパブリシティ権は、人格権として認められるプライバシー権や肖像権とは別個独立の経済的価値として把握されるものの、パブリシティの価値が著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生することから、著名人がこれを自己に帰属する固有の利益ないし権利と考えるのは自然であるとして、その発生の時から人格権の主体である当該著名人に帰属するものとされており、人格権の帰属と表裏一体の密接な関係を有するものとして認められる。これに対し、物については、人格権を観念することはできず、物に対する所有権との関係で考慮する必要がある。
原告らは、本件各競走馬の馬名等のパブリシティ価値を、所有権に含まれると主張している。しかしながら、所有権は、有体物をその客体とする権利であるから(民法二〇六条、八五条)、パブリシティ価値のような無体物(無体財産権)を権利の内容として含むものではない(最高裁昭和五九年一月二〇日判決民集三八巻一号一頁参照)。したがって、パブリシティ価値は、所有権の内容の一部であるとは観念できず、所有権とは別個の性質の権利であると解するほかない。ただし、パブリシティ価値は、飽くまでも物自体の名称等によって生ずるのであり、所有権と離れて観念することはできないものといわざるを得ず、所有権に付随する性質を有するものと解される。
よって、著名人のパブリシティ権と、物についてのパブリシティ権とでは、その性質が人格権との密接な関係か、所有権との密接な関係かで、差異が生ずるものと解される。具体的には、以下で述べるとおり、救済手段として差止請求ができるかどうか、所有権が移転した場合に移転するかどうかの点で異なるものと解される。
5 以下、物についてのパブリシティ権の、①成立要件、②侵害があった場合の救済手段、③譲渡による効果、④権利期間等はどのようなものか検討する。
(一) 成立要件
物に関する名称等にパブリシティ権が成立するための要件としては、著名人にパブリシティ権が成立する要件と同様となるものと解される。つまり、大衆が、特定の物に対し、関心や好感、憧憬、崇敬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらすような場合であって、物の名称等が固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得して、それ自体が顧客吸引力を持つと客観的に認められることが必要であるものと解される。
そして、物がそのような顧客吸引力を有すると認められる場合、これを経済的に利用できる者は、その物の所有者であるから、パブリシティ権は、その物の所有者に帰属するものである。
(二) 権利の移転
物に関するパブリシティ権は、その物が顧客吸引力を有している限り、日々発生するから、物の譲渡などにより、所有権が移転した場合には、特段の合意がない限り、移転の日以前の分は、以前の所有者に残るが、以後のパブリシティ権は新所有者に移転する。
(三) 権利対象の消滅
物に関するパブリシティ権は、対象が消滅した場合であっても、パブリシティ価値が存続している限り、対象が消滅した時点における所有者が、パブリシティ権を主張できるものと解する。
(四) 救済手段
物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められるものの、差止めは許されないものと解する。
たしかに、パブリシティ権を排他的支配権と理解すれば、これを侵害する者に対し、その排除を求めることができるとすることが権利の実効性を果たすために必要である。物権に基づく妨害排除請求権や知的所有権や人格権に基づく差止請求権が認められる理由の一つもこのようなものである。
しかしながら、差止めが認められることにより侵害される利益も多大なものになるおそれがあり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては、これを認めることはできず、物権や人格権、知的所有権と同様に解するためには、それと同様の社会的必要性・許容性が求められる。
ましてや、物権法定主義(民法一七五条)により新たな物権の創設は原則として禁止されているのであり、所有権と密接に関わる権利である物についてのパブリシティ権は、慎重に考える必要がある。
結局、物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできないものと解する。
ただし、物についてのパブリシティ権であっても、不法行為に基づく損害賠償の対象としての権利ないし法律上保護すべき利益には該当するものと認められるから、損害賠償は認められるものと解する。
6 そこで、原告らが本件各競走馬についてのパブリシティ権者であり得るか、すなわち、原告らが、本件各ゲームソフトの販売時において、本件各競走馬を所有していたかについて、判断する。
(一) 証拠(甲七及び一一、一五ないし五六)によれば、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らが、それぞれ、同表の「取得日」欄記載の日から、同表の「譲渡日」欄記載の馬については、譲渡日まで、同表の「死亡日」欄記載の馬については、死亡日まで、その余の馬については、口頭弁論終結時まで、同表「馬名」欄記載の各競走馬を所有していたことが認められる。
甲一五ないし五六は、「事実確認書」という題名で、原告らがそれぞれ、別紙一覧表の「馬名」欄記載の各競走馬について、(1)取得日、(2)現在まで所有しているか、譲渡したか、死亡したか、(3)引退の有無・日を記載したものであるが、馬については、不動産登記簿や登録簿などの公的機関による所有権の確認方法がなく、日本中央競馬会への馬主の登録、馬の登録という制度があるものの(競馬法一三条、一四条)、これらの登録は中央競馬の競走に出走するための要件であって、私法上の所有関係を公示するという目的のものではないし、デビュー前や引退後の所有関係を証明することはできないから、所有関係の証拠として、右事実確認書は、原告の確認書という不十分な方法であるものの、契約書以外他に立証の方法が無い以上、やむを得ないものと解される。
そして、甲七及び一一(いずれも社団法人日本軽種馬協会が日本中央競馬会や地方競馬会等の競馬関連団体から提供を受けた情報をデータベース化して提供しているもの)における馬主の記載、甲一二及び一三の「競馬四季報」における馬主の記載は右各情報が発信・発行された一時点の馬主を示す証拠となるものであり、甲一五ないし五六の記載内容を補強するものである。
(二) トロットサンダーについては、乙一によれば、実際の馬主が日本中央競馬会が行う馬主登録を受けていないことから(競馬法一三条)、原告藤本照男が、平成六年五月ころから名義上の馬主となるいわゆる「名義貸し」をしていたが、平成八年一月、実際の馬主から同馬を買い取ったことが認められる。よって、本件で原告らが侵害行為があったと主張する平成八年九月二七日現在における所有は認められる。
オグリキャップについては、証拠(甲一四、三四、乙六)によれば、原告佐橋五十雄が昭和六三年一月一六日に取得し、途中の平成二年四月一日から平成三年一月二八日に引退するまでの期間は近藤俊典が馬主であったものの、その後は現在まで、原告佐橋五十雄が所有していることが認められる。よって、本件で原告らが侵害行為があったと主張する平成八年九月二七日現在における所有は認められる。
(三) 以上によれば、本件各ゲームソフトの発売日と本件各競走馬の所有の関係は、次のとおりとなる。本件各ゲームソフト発売当時、既に譲渡して所有権が認められないものについては、別紙一覧表の「使用状況」欄に網掛けで表示する(なお、同表の「使用状況」欄において網掛けで表示するのは、損害賠償が認められないものである。)。
(1) 「ギャロップレーサー(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、右各ソフトが発売された平成八年九月二七日以前に、ホクトビーナス(番号2)、ライスシャワー(番号13)及びワンダーパヒューム(番号35)は死亡していたが、死亡時において別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。
(2) 「ギャロップレーサー(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、(1)以外の競走馬は、右各ソフトが発売された当時、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。
(3) 「ギャロップレーサーⅡ(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、業務用が発売された平成九年九月二九日及び家庭用が発売された同年一一月二〇日以前において、ホクトベガ(番号1)、ホクトビーナス(番号2)及びライスシャワー(番号13)は死亡していたが、死亡時において別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。
(4) 「ギャロップレーサーⅡ(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、スペクタクル(番号24)及びトウカイパレス(番号41)については、右各ソフトが発売された日以前に他に譲渡されていて、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らはそれぞれ所有していなかった。
(5) 「ギャロップレーサーⅡ(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、(3)、(4)以外の競走馬は、右各ソフトが発売された以前、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。
(6) 「ギャロップレーサーⅡ(ベスト版)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、ホクトフィーバス(番号3)、スペクタクル(番号24)及びトウカイパレス(番号41)については、右ソフトが発売された平成一〇年七月二七日以前に他に譲渡されていて、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らはそれぞれ所有していなかった。
(7) 「ギャロップレーサーⅡ(ベスト版)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、ホクトビーナス(番号2)は、右ソフトが発売された平成一〇年七月二七日においては、(3)のとおり既に死亡しており、これと(6)記載の各競走馬以外は別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。
(8) 別紙一覧表の「現在所有」欄に「あり」と記載されている各競走馬を同表の「原告」欄記載の原告らが口頭弁論終結時に所有していた。
(四) (三)によれば、(三)の(4)と(6)に記載した各競走馬について、右各競走馬の所有者であると主張する「原告」らは、右各ゲームソフトが発売された当時、当該各競走馬を所有していないから、右各競走馬についてパブリシティ権を取得するものとは認められない。その余の本件各競走馬については、該当する各ゲームソフトにつき、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがパブリシティ権者であると認められる。
なお、被告は、引退した馬にはパブリシティ権は成立しないかのように主張するが、引退の有無が顧客吸引力に影響するとしても消滅するものとは解されない。
二 本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名等の使用がパブリシティ権侵害といえるか。
1 まず、本件各競走馬のどのような要素に顧客吸引力が認められるか検討する。
原告らは、①馬名、②性別、③産種、④毛色、⑤脚質、⑥ハンディキャップ(芝・ダート)、⑦距離適性(ベスト・最短・最長)、⑧スピード・スタミナレベル(芝・ダート)、⑨重馬場に対する適性、⑩気性、⑪加速力、⑫根性、⑬成長タイプの各種要素が実在馬と同様のデータとして組み込まれていると主張する。しかし、本件各競走馬の馬名と性別が本件各ゲームソフトに組み込まれていることについては、被告も争わず、弁論の全趣旨によれば、産種及び毛色も本件各ゲームソフトに組み込まれているものと認められるが、右以外の要素については、現実の馬のデータを組み込んでいると認めるに足る証拠はない。たしかに、甲一及び二によれば、本件各ゲームソフトの登録馬の各種要素のデータは判明するし(ただし、業務用については不明である。)、乙三の一のギャロップレーサーのパッケージ裏面には、「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六〇度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目の前で再現!!」との記載があり、実在馬のデータをそのまま組み入れているとも解されないではないが、甲七ないし一三によっても、本件各競走馬の馬名、性別、毛色、産種等以外の要素について、現実の馬のデータが組み込まれているか判断することはできない。被告は、これらのデータは製作者である被告が創作したものであると主張しており、原告らの右主張を認めるに足る証拠はないというほかない。
以上によれば、パブリシティ価値を持ち得る要素としては、馬名、性別、産種及び毛色ということになる。しかし、性別、産種及び毛色はそれ自体として、顧客吸引力が生ずるものということは考えられず(これらの要素が本件各競走馬の肖像の一部を構成し得るものであることは認められるものの、本件各ゲームソフトは、現実の競走馬ではなく、架空の映像で表現されるものであるから、その一部に過ぎない要素のみで顧客を吸引することは考えがたい。)、パブリシティ価値が生じ得る要素としては、馬名のみを考慮することとする。
2 物についての名称、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、物についての名称、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が物の名称、肖像等のパブリシティ価値に着目してその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断すべきである。
3 証拠(甲一ないし三、七、一二、一三、乙三の一、四の一)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 本件各ゲームソフトにおける主たる競技方法は、プレイヤーが競馬の騎手(ジョッキー)になり、登録されている競走馬のうちから、自分で騎乗する競走馬を選択し、さらに、実在の各種競馬場を選択して、レースを展開するものである。プレイヤーは、コントローラーを操作することにより、自ら選択した競走馬を操作し、実在馬とのレースに参加している雰囲気を味わうことができる。
(二) 本件各ゲームソフトに登録されている競走馬は、別紙一覧表記載の各「実名馬数」「架空馬数」で構成されており(当事者間に争いがない。)、ほとんどが実在馬である。また、レース名及びレース場も実在のものである。登録された競走馬は、①馬名、②性別、③産種、④毛色、⑤脚質、⑥ハンディキャップ(芝・ダート)、⑦距離適性(ベスト・最短・最長)、⑧スピード・スタミナレベル(芝・ダート)、⑨重馬場に対する適性、⑩気性、⑪加速力、⑫根性、⑬成長タイプの諸要素についてそれぞれデータが組み込まれ、区別されている(甲一、二)。
(三) 本件各ゲームソフトのうち、家庭用「ギャロップレーサー」については、パッケージの裏面に、「テイオーに乗るか、それともブライアンか…」「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六〇度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目の前で再現!!」との記載がある(乙三の一)。
(四) 本件各ゲームソフトは、家庭用については、包装されて販売されている(乙三の一、四の一)。顧客は、実在の馬名を具体的に知るためには、ソフトを購入後、現実にソフトを動かして、プレイしながら、馬名を確認するか、ガイドブックを購入して、馬名を知る。あるいは、他人が利用しているものを参考にして知る。
(五) 甲一及び甲二は、株式会社ゼストが発行する「ギャロップレーサー」及び「ギャロップレーサーⅡ」のガイドブックであり、被告が監修し、「公式ガイドブック」と副題が付き、右各ゲームソフトの内容、競技方法、登録馬全部の特徴等が記載されている。「ギャロップレーサーⅡ」のガイドブックは平成八年一二月二三日に発行され、「ギャロップレーサー2」のガイドブックは平成九年一二月一八日に発行された。
(六) 家庭用「ギャロップレーサー」のパンフレット(甲三)には、「馬主と並ぶもう一つの夢、ジョッキーになって、『あの馬に乗ってみたい』『あのレースに出てみたい』『あのコースを走ってみたい』『あの馬と戦ってみたい』…。そんな夢を全て叶えてくれるのがこのゲームだ。」「騎乗可能な馬は一〇〇〇頭以上。この中にはトウカイテイオーやナリタブライアンといった名馬たちはもちろん、ラガービッグワンやドングリといったマニアックな馬も多数登場!」「コースは当然、各競馬場毎に忠実に再現されている。府中の長い直線、中山の上り坂、君のその目で体験してみてくれ!」「ライバルたちも個性豊か。後方一気のヒシアマゾン、やっぱり大逃げのツインターボ、忠実に再現された彼らの走りにも注目だ!」との記載がある。
(七) 被告は、本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、「製品上代の三パーセントのロイヤリティを、本件ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、使用馬名に応じた金員を支払う合意(別件契約)」をしており、別件契約には「甲(馬主を指す)は乙(被告を指す)に対して、甲が権利を有する競走馬の名前を、乙が制作するコンピュータープログラムに組み込み、それを製造・販売・頒布することを許諾する」という条項がある。
(八) 本件各競走馬はいずれも中央競馬(日本中央競馬会が行う競馬をいう。競馬法一条四項)に複数回出走したことがある馬であり、スペクタクル(番号24)以外の馬が、本件各ゲームソフトの発売時点において、いわゆる重賞レース(G1、G2、G3を含む。)に出走したことがある。本件各競走馬のうち、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載がある馬は、証拠上、G1レースに出走したことがあるものと認められる。(甲七、一二、一三)。
4 以上の事実に基づいて、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名が顧客吸引力を有するか、有するとしてすべての馬に顧客吸引力があるか、その要件を検討する。
本件各競走馬は、いずれも中央競馬におけるいわゆる重賞レース(G1、G2、G3を含む。)に出走した経験を有する馬であり、重賞レースは、その一部がテレビ・ラジオで実況されたり、スポーツニュース等で放送されるものであり、雑誌等でも取り上げられ、G1レースについては、いわゆるスポーツ新聞以外の一般新聞においても取り上げられることがあることは明らかである。したがって、少なくともG1レースに出走したことがある競走馬についていえば、大衆がこれらマスメディアを通じて認識し、これに関心、好感、憧憬の特別な感情を抱くこともあり得るところ、被告は、本件各ゲームソフトの販売にあたり、パッケージの裏面に「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六〇度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目の前で再現!!」と記載したり、パンフレットには、「ジョッキーになって、『あの馬に乗ってみたい』…『あの馬と戦ってみたい』…。そんな夢を全て叶えてくれるのがこのゲームだ。」「騎乗可能な馬は一〇〇〇頭以上。この中にはトウカイテイオーやナリタブライアンといった名馬たちはもちろん、ラガービッグワンやドングリといったマニアックな馬も多数登場!」と記載して一〇〇〇頭にも及ぶ実在馬について、それと同様の特徴を備えた競走馬を操作して遊ぶことができることをセールスポイントとしていることから、顧客としては自らが関心、好感、憧憬の感情を抱いた競走馬を自ら操作できるとして、その馬名が当然あるものとして(あるいはそれがあると認識して)本件各ゲームソフトを購入するものと解される。
よって、本件各競走馬のうち、G1レースに出走したことがある馬については、顧客吸引力があるものと解される。
被告は、①本件各ゲームソフトにおける馬名の使用は、純粋に競走馬と設定しての使用であること、総登場馬数に占める本件各競走馬の馬名はほんの一部にすぎないことから、いわゆるダイリューション、ポリューションを引き起こすことはないし、有名な馬であるとしても、それは競馬に興味のある人に限定されたものであること、ゲーム中の馬の形は皆同一であること、顧客は馬名を確認して本件各ゲームソフトを購入するわけではないこと、本件各競走馬の馬名が商品の宣伝や販売にストレートに経済的効果を発揮することはないこと、馬名は本件各ゲームソフトにそのような馬名の馬がいると思わせる役割を果たすだけで、本件各ゲームソフトの内容から見れば、取るに足らない役割を果たしているにすぎないことを理由として、馬名には顧客吸引力はないと主張する。
しかし、前記3の認定事実によれば、本件各ゲームソフトは、ほとんどが実在馬を登録馬としており、競馬場やレース名も実在のものを使用していることから、プレイヤーが実際のジョッキーとなり、G1のようなレースにおいて実在馬に騎乗してアクションを楽しむものであり、アクション性と共に、実在馬に騎乗、操作することを目的とするものと解され、その際、著名な競走馬を操作することに魅力があるものと認められる。したがって、総登場馬数に占める本件各競走馬が一部にすぎないとしても、そのことのみで顧客吸引力がなくなるものではない。また、本件各競走馬が有名であるとしても、それは、競馬に興味がある人に限られることは事実であるが、そもそも競馬ゲームソフトを購入する人は、純粋に競馬によるアクションのみを楽しむだけという人はまれであり、競馬に興味がある人が大半であるものと解されるから、これも理由とはならない。また、顧客は馬名を確認して購入するわけではないというが、甲一、二の各ガイドブックを見れば、どのような馬が登録されているか分かるものであり、パッケージを開けなくても、中にどのような馬が登録されているかは知り得るのであり(一般に、ゲームソフトは多数発売されているものであり、購入者がどのソフトを購入するかどうか決定する際には、テレビ・ラジオ等の宣伝・広告のみでなく、各種の雑誌においてその内容を含めて紹介されることもあり、店頭においてデモンストレーションとして置かれていることもあり、また、他人の購入したゲームソフトを利用したり、いわゆる人づてで情報が伝わることも十分あり得るのであって、被告が主張するように、何らの事前知識がない状態で購入することはまれであると解される。)、被告の主張は理由がない。
なお、家庭用「ギャロップレーサーⅡ」については、パッケージの裏面の記載やパンフレットに「ギャロップレーサー」のような宣伝文句がないもの(乙四の一)、顧客は、「ギャロップレーサー」の改良版と考えるのが通常であって、その基本的内容は同様と考えるものであるから、家庭用「ギャロップレーサー」同様に考えることができる。ベスト版も同様である。また、業務用については、顧客としては、家庭用の「ギャロップレーサー」「ギャロップレーサーⅡ」と同様の内容と考慮するものと解されるので、これも同様に考える。
5 よって、G1に出走したことがある競走馬については、顧客吸引力があるものとしてこれを無断で使用した場合、パブリシティ権の侵害になるものと解する。
本件においては、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載のある馬は、顧客吸引力があるものと認められるが、その余の馬については、顧客吸引力は認められない(同表の「G1」欄の○のない馬については、損害賠償が認められないので、同表の「使用状況」欄に網掛けがしてある。)。
三 損害額
1 前記のとおり、被告が、原告らの承諾なく、本件各ゲームソフトにおいて、本件各競走馬の馬名を使用したこと、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名の使用状況は、別紙一覧表の「使用状況」欄記載のとおりであること、本件各ゲームソフトにおいて使用されている本件各競走馬を含めた馬の頭数は、同表の「使用馬数」欄各記載のとおりであることは当事者間に争いがない。よって、被告は、本件各競走馬のうち、G1に出走したことがある馬について、損害賠償の責任を負う。
2 原告らは、馬名の利用の対価として、本件各ゲームソフト毎に一頭当たり少なくとも金五〇万円の利益を取得し得ると主張するが、右主張を認めるに足る証拠はなく、甲五によると、コンピューターによるテレビ野球ゲームソフトに関する球団名、球団マーク等使用許諾契約においても、許諾料は、製品一個につき定価の3.6パーセントとされていることに比しても、原告らの主張額は過大に過ぎるといわざるを得ず、採用の限りでない。
被告は、別件契約において、本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、製品上代の三パーセントのロイヤリティを、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、使用馬名に応じた金員を支払う合意をしており(当事者間に争いがない。)、原告らにおいて、被告と同様の契約をしていたならば、同様の金額を対価として得られたことが認められるから、被告が本件各ゲームソフトを製作販売することにより原告らに生じた損害は、別件契約において、自己の競走馬の馬名等を利用した対価として得られる額と同様の算定による額が相当と認められる(なお、被告は、別件契約を締結したのは、馬主の申入れの内容が、常識的な範囲の金額であったことから、紛争を避ける意図のもとに契約したにすぎないし、被告から他の馬主への問い合わせに対し、馬主が「他人の馬の名前を使うのだから、許可を得て使用すべきである」との返答をしたことから、単純に馬主の権利としたにすぎず、被告において、特にこの権利がどのような内容を持つかの認識はなかったと主張するが、このようなことをもって、右契約が本件各競走馬のもつパブリシティ権と無関係であるとは到底認められない。)。
3 したがって、原告ら各自の損害額は、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載がある馬について、同表の「使用状況」欄の○の記載がある家庭用・業務用・ベスト版の各ソフト毎、別紙一覧表の「一頭当たり損害額」を乗じて得た額の合計額で算定される。なお、前記のとおり、本件各ゲームソフトが発売された当時に既に他に譲渡したことにより所有権が認められないもの(損害賠償が認められないもの。別紙一覧表の「使用状況」欄に網掛けしてあるもの)は除かれる。
これにより計算した、各原告ごとに損害額は、別紙一覧表の「裁判所認定損害額」欄記載の金額となる。
四 結論
以上によれば、原告有限会社西山牧場及び原告加藤哲郎を除く原告らの請求は、別紙一覧表の「認容額」欄記載の金額について理由があり(原告安田修については、同表「裁判所認定損害額」五五万八一二九円のうち、請求額である 五〇万円に限り認められる。)、遅延損害金については、同表「販売総数」の集計末日である平成一〇年一一月二六日から発生するものと解して、前記認容額につき、同日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による金員を求める限度で理由があるから認容することとし、右原告らのその余の請求並びに原告有限会社西山牧場及び原告加藤哲郎の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・野田武明、裁判官・佐藤哲治、裁判官・達野ゆき)
別紙目録<省略>